

 







宗教法人 日蓮宗 大聖寺
兵庫県明石市上ノ丸1丁目18-18
TEL:078-912-5929
FAX:078-917-4804
代表者:猪俣 義康
|
第二次世界大戦と明石大聖寺
大戦中、明石には「飛燕」という名の戦闘機を作っていた川崎航空機株式会社(現在の川崎重工業株式会社)の工場があり、
それは「ゼロ戦」と並び称される日本空軍の戦闘機ものでした。
その戦闘機を作るために関西一円から「学徒動員」と呼ばれる少年少女が集められていて、
21世日成上人は彼らを訓戒するという縁がありました。
 |
三式戦闘機
キ番号(試作名称)はキ61。
愛称は飛燕(ひえん)。
呼称・略称は三式戦、ロクイチなど。
連合軍のコードネームはTony(トニー)。
開発・製造は川崎航空機。
設計主務者は土井武夫。 |
明石はその工場があったために、昭和20年1月19日、大阪より神戸より早く空襲を受け、
従業員をはじめ大勢の学徒が亡くなりました。
川崎航空は住職との縁が元で当時「三国寺」と称していた大聖寺の境内に慰霊碑を建て、
その内側には明石市が建てた慰霊碑があるという、珍しい二重墓があります。
昭和49年6月9日。
22世日康上人は、その後何度も空襲にあって無縁仏になった霊も含めての供養と、
世界平和を願って慰霊塔を建てようと発願しました。
明石の町を団扇太鼓を打ちならし歩いてその霊を慰め、川崎重工と明石の一般市民と壇信徒が一致協力して、
高さ5.5メートルの「太平洋戦争明石市被爆犠牲者慰霊塔」が完成したのです。
この塔の上に安置されているのが、青銅製の十一面観音像です。
十一面観音は頭上に11の小面を持つ観音様で、人々の悲しみ・苦しみ・悩みなどを救う現世利益の本尊として親しまれています。
頭の周りに菩薩面が10体あり、前3面は慈悲の相。左3面は瞋怒(しんぬ)の相。左3面は白牙上出相。
後ろの1面は暴悪大笑相といい、頂上の仏面は仏会を現しております。
左手には蓮の華をさした壺を持ち、右手には日蓮宗の数珠を持つという珍しい像であります。
(普通は、てのひらを前面に向けた印相をとっている)
この慰霊塔は阪神淡路大震災でもびくともしませんでした。
建設当時観音像を制作した所は「震度5位でも大丈夫ですから、上に乗せておくだけで良いですよ」と
いわれましたが、建設会社は「もし何かがあったら大変だ」ということで、しっかりと太いボルトで観音様を安置しました。
そのおかげで観音様は倒れることもなくすみました。
建立しようと協力した人の心と、作る人の心と、拝む人の心がこの慰霊塔を震災から護ってくれたのでしょう。
毎年、1月19日には川崎重工関係者の慰霊祭が行われ、
 |
 |
 |
 |
午前中行われる川崎重工の慰霊法要
上段左・川崎重工明石工場内にて
上段真中・大聖寺本堂にて
上段右・慰霊塔にて
下段左・慰霊塔内の位牌
下段右・慰霊碑にて
|
 |
午後1時56分の空襲の時間には、遺族の方々と1分間の黙祷が捧げられ、

6月9日前後の日曜日に「慰霊塔供養祭」が行われております。
戦争の悲惨さ、戦争を憎む心を、後の時代まで語り継ぐことが大聖寺の使命だと思っております。 |
|
|